日経ビジネスのひと列伝「松井道夫氏」その1の続きです。夜間取引やIPO落選お詫び料のこと、オフィス移転のことを書いています。
経営コンサルタントの大前研一は、マラソンで言うと32km、ここまではトップだったが、競争相手が強力になるからどうなるかは分からないと言うのに対し、松井氏は、まだマラソンの5kmであるとして反論。 9月のネット証券評議会のセミナーで講演した内容を中心の記事になっています。
経営コンサルタントの大前研一は、マラソンで言うと32km、ここまではトップだったが、競争相手が強力になるからどうなるかは分からないと言うのに対し、松井氏は、まだマラソンの5kmであるとして反論。 9月のネット証券評議会のセミナーで講演した内容を中心の記事になっています。
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「落選お詫び料」の仕掛け
9月4日の講演にもう一度戻る。目の前の徴収は千数百人の個人投資家だ。壇上の松井は「新聞にも報道されましたが、証券会社が東証に納める会費のうち、資本金比例部分が下がり売買金額や注文件数により多く依存する両立になる予定です。オンライン証券はこれまでよりも多くを負担することになります」と静かに切り出した。
しかし、話が核心に近づくにつれ、語調に怒りがにじみ、広がった。
「ところで、逆に言えば、東証はオンラインに支えられるということだな。それならば、カネは出すけれども口は出すなという理屈は成り立たない。3年前、オンライン取引などほとんどされていなかった時代の議論と、個人投資家の取引の70%がオンラインでやっているという現在とでは全く時代背景が違うにもかかわらず、夜間取引は3年前に議論が終わっているからもう考えない、というのはおかしい。『何だその言いぐさは』と東証に強烈に言っておきました」
松井に言わせれば、夜8時から11時までの夜間取引は、そもそも東証が3年前に「やりたい」と提案してきたものだという。しかし当時に比べて今は個人の売買が活発になったため、午前9時の取引開始に向けて注文が集中、システムダウンのリスクが高まっている。「東証としても大量の売買を円滑に進めながら、株式会社として利益を確保するためには、夜間に注文を分散するしかないだろう。」と見る。
もう1つ、密かに怒りを燃やしている問題がある。企業がIPO(新規株式公開)時に新株を発行して資金調達する際に証券会社に支払う引受手数料だ。上場までさまざまな助言をしてきた上場主幹事証券ならともかく、これといった働きもしていない、それ以外の引受証券会社が「おすそ分け」に預るのは、おかしいと考えている。
そのための仕掛けが、IPO株の抽選に漏れた人全員への20円〜50円「お詫び料」だ。松井証券は2004年3月期に計54件の新規上場株を引き受けた。HP(ホームページ)には「例えば、残念ながら1年間抽選に当たらなかった場合でも」と記して、2500円を受け取れる仕組みを書いている。
業界内部からは「何の対価だか分からないお金を顧客に渡すのはビジネスとしての堕落だ」と批判する声もある。しかしIPO株には投資家から割り当て数の100〜300倍の申し込みがあり、販売にほとんど手間がかからない。だから、引受手数料の一部を顧客に返してしまえばいい、と松井は考える。
実際、松井証券のHPには「IPO落選お詫び料のお支払い」というタイトルの近くに、小さな文字で「引受手数料を還元します」と書いてある。これは、株式上場を考えている企業へのアピール。もらいすぎの手数料を今は抽選に外れた投資家に渡しているが、本来は企業のもの。「ネット証券に引受させる金額の割合を10倍の2割程度にしても、瞬時に買い手が集まります。上場主幹事以外の引受証券会社に眠り口銭のような手数料を支払う必要はなくなります」と言いたいのであろう。
松井はいつまで既成秩序の破壊者を続けるのか。セミナー講師に松井をよく招く経営コンサルタントの大前研一によると、松井の講義は若手経営者に人気があり、特に経営者としての決断のあり方などを語るときには、その姿にオーラを感じる人もいるという。
大前は松井に付いて「フルマラソン(42.195km)のうち32Km地点まではトップを走り、ペースメーカーを務めてきた。しかし最後までトップでいられるかどうかは分からない」と話す。
確かに、競争相手が「仲間意識ばかりが優先し、プロの経営者とはいえないような人たちだった」(松井)から、有利な戦いができた。しかし、これからの相手はイー・トレード証券会長の北尾吉隆。楽天証券社長の三木谷浩史、マネックス・ビーンズ・ホールディングス社長の松本大ら異能異才ばかりだ。
本社移転で引き締める
5月14日には、アイデアマンだった専務の元久存が、武富士の社長の就任するため松井の役員を退任した。松井が経営の実験を握った十数年の間には、人材が2回転するほど大勢の社員がやめているが、「元久だけは別格。もっと一緒に仕事をしたかったが、他人の人生を邪魔できないと思い、黙って送り出すことにした」という。
右肩上がりだった証券と折り引き口座数の鈍化も気がかりではある。過去ピークだった5月には月間で1万口座以上増えたが、7月〜8月は7000前後まで鈍った。新規口座の開設数は相場次第で、これをもって「陰り」とはいえないが、破竹の勢いは薄れている。
もちろん松井は、「大前さんの言う32km地点などまだずっと先。これからの大きなストーリーを考えれば、まだ5kmまでしか来ていない。」と反論する。個人の株式売買の7割がネット取引に移ったといっても、それはまだフロー(取引代金)の話。保有残高では個人が証券会社に預けている40兆円の株式のうち1割程度だ。それだけに「これからは、会社でパソコンに慣れた団塊世代が会社を辞め、本格的に株式投資を始める。オンライン専業証券だけで年間の売買代金が数百兆円になっても不思議ではない」と期待する。
松井証券は東京都千代田区麹町にできた真新しい「半蔵門ファーストビル」に今年2月、兜町に会った本社を移した。社長室の大きな窓からは、皇居の緑の向こうに、大手町から丸の内、さらには霞が関の官庁街が一望できる。
近代的なオフィスに移ったとたんに大企業病にかかる社員も多いからと、新本社ではスペースを従来の3分の2に押さえた。「これ以上、人員もスペースも増やすつもりはないという意思表示。新しい組織を作ろうなどという勘違い人間が出てこないようにした」。
窓の外に広がる風景は松井にとっての「既成秩序」そのもの。「資本あっての資本主義。その資本を持っているのは個人。これまでは政府や銀行にだまされ、羊のように低金利で預貯金していたかもしれないが、もう違う」。
松井は一族で発行済み株式の過半を保有する。「社長業は変化対応業。社長が想定している通りに会社が動かず、経営の数字が偏重を告げれば、大株主として社長の交代を求める」。偽悪家だから真意は逆。まだ、しこたま攻め続けるつもりだろう。
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「落選お詫び料」の仕掛け
9月4日の講演にもう一度戻る。目の前の徴収は千数百人の個人投資家だ。壇上の松井は「新聞にも報道されましたが、証券会社が東証に納める会費のうち、資本金比例部分が下がり売買金額や注文件数により多く依存する両立になる予定です。オンライン証券はこれまでよりも多くを負担することになります」と静かに切り出した。
しかし、話が核心に近づくにつれ、語調に怒りがにじみ、広がった。
「ところで、逆に言えば、東証はオンラインに支えられるということだな。それならば、カネは出すけれども口は出すなという理屈は成り立たない。3年前、オンライン取引などほとんどされていなかった時代の議論と、個人投資家の取引の70%がオンラインでやっているという現在とでは全く時代背景が違うにもかかわらず、夜間取引は3年前に議論が終わっているからもう考えない、というのはおかしい。『何だその言いぐさは』と東証に強烈に言っておきました」
松井に言わせれば、夜8時から11時までの夜間取引は、そもそも東証が3年前に「やりたい」と提案してきたものだという。しかし当時に比べて今は個人の売買が活発になったため、午前9時の取引開始に向けて注文が集中、システムダウンのリスクが高まっている。「東証としても大量の売買を円滑に進めながら、株式会社として利益を確保するためには、夜間に注文を分散するしかないだろう。」と見る。
もう1つ、密かに怒りを燃やしている問題がある。企業がIPO(新規株式公開)時に新株を発行して資金調達する際に証券会社に支払う引受手数料だ。上場までさまざまな助言をしてきた上場主幹事証券ならともかく、これといった働きもしていない、それ以外の引受証券会社が「おすそ分け」に預るのは、おかしいと考えている。
そのための仕掛けが、IPO株の抽選に漏れた人全員への20円〜50円「お詫び料」だ。松井証券は2004年3月期に計54件の新規上場株を引き受けた。HP(ホームページ)には「例えば、残念ながら1年間抽選に当たらなかった場合でも」と記して、2500円を受け取れる仕組みを書いている。
業界内部からは「何の対価だか分からないお金を顧客に渡すのはビジネスとしての堕落だ」と批判する声もある。しかしIPO株には投資家から割り当て数の100〜300倍の申し込みがあり、販売にほとんど手間がかからない。だから、引受手数料の一部を顧客に返してしまえばいい、と松井は考える。
実際、松井証券のHPには「IPO落選お詫び料のお支払い」というタイトルの近くに、小さな文字で「引受手数料を還元します」と書いてある。これは、株式上場を考えている企業へのアピール。もらいすぎの手数料を今は抽選に外れた投資家に渡しているが、本来は企業のもの。「ネット証券に引受させる金額の割合を10倍の2割程度にしても、瞬時に買い手が集まります。上場主幹事以外の引受証券会社に眠り口銭のような手数料を支払う必要はなくなります」と言いたいのであろう。
松井はいつまで既成秩序の破壊者を続けるのか。セミナー講師に松井をよく招く経営コンサルタントの大前研一によると、松井の講義は若手経営者に人気があり、特に経営者としての決断のあり方などを語るときには、その姿にオーラを感じる人もいるという。
大前は松井に付いて「フルマラソン(42.195km)のうち32Km地点まではトップを走り、ペースメーカーを務めてきた。しかし最後までトップでいられるかどうかは分からない」と話す。
確かに、競争相手が「仲間意識ばかりが優先し、プロの経営者とはいえないような人たちだった」(松井)から、有利な戦いができた。しかし、これからの相手はイー・トレード証券会長の北尾吉隆。楽天証券社長の三木谷浩史、マネックス・ビーンズ・ホールディングス社長の松本大ら異能異才ばかりだ。
本社移転で引き締める
5月14日には、アイデアマンだった専務の元久存が、武富士の社長の就任するため松井の役員を退任した。松井が経営の実験を握った十数年の間には、人材が2回転するほど大勢の社員がやめているが、「元久だけは別格。もっと一緒に仕事をしたかったが、他人の人生を邪魔できないと思い、黙って送り出すことにした」という。
右肩上がりだった証券と折り引き口座数の鈍化も気がかりではある。過去ピークだった5月には月間で1万口座以上増えたが、7月〜8月は7000前後まで鈍った。新規口座の開設数は相場次第で、これをもって「陰り」とはいえないが、破竹の勢いは薄れている。
もちろん松井は、「大前さんの言う32km地点などまだずっと先。これからの大きなストーリーを考えれば、まだ5kmまでしか来ていない。」と反論する。個人の株式売買の7割がネット取引に移ったといっても、それはまだフロー(取引代金)の話。保有残高では個人が証券会社に預けている40兆円の株式のうち1割程度だ。それだけに「これからは、会社でパソコンに慣れた団塊世代が会社を辞め、本格的に株式投資を始める。オンライン専業証券だけで年間の売買代金が数百兆円になっても不思議ではない」と期待する。
松井証券は東京都千代田区麹町にできた真新しい「半蔵門ファーストビル」に今年2月、兜町に会った本社を移した。社長室の大きな窓からは、皇居の緑の向こうに、大手町から丸の内、さらには霞が関の官庁街が一望できる。
近代的なオフィスに移ったとたんに大企業病にかかる社員も多いからと、新本社ではスペースを従来の3分の2に押さえた。「これ以上、人員もスペースも増やすつもりはないという意思表示。新しい組織を作ろうなどという勘違い人間が出てこないようにした」。
窓の外に広がる風景は松井にとっての「既成秩序」そのもの。「資本あっての資本主義。その資本を持っているのは個人。これまでは政府や銀行にだまされ、羊のように低金利で預貯金していたかもしれないが、もう違う」。
松井は一族で発行済み株式の過半を保有する。「社長業は変化対応業。社長が想定している通りに会社が動かず、経営の数字が偏重を告げれば、大株主として社長の交代を求める」。偽悪家だから真意は逆。まだ、しこたま攻め続けるつもりだろう。
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